映画の価値とはクールに言えば映画の値段、すなわちチケット代の額面のことだ。製作費がいくらかかっていても観客にとっては代価に見合った楽しみさえ味わえれば満足なはずである。2時間の作品だろうと3時間の長尺だろうと満足のいく楽しみを得ればそれでよい。悲しみも笑いも恐怖も感動も、全ては映画を見る楽しみなのである。そのすべてが一度に味わえるような豪華なフルコースディナーもうまいし、塩結びもうまい。高度なVFXという化学調味料が進歩したためか、映画のワンシーンをさりげなく実に豊かに表現できるようにもなった。喜ばしいことではあるが、反面、安易にそれに頼ると作者の貧弱なイマジネーションを強引に垂れ流してしまうことも起こりかねない。化学調味料は舌に痺れる。
単なるビジュアルイメージにはテレビからのCGの洪水のせいですっかり麻痺してしまった。観客は瞬発的に目を引くスペクタクルな場面を見せられてももう驚かない。目にもの見せるハリウッド得意の大群衆シーンにも今や誰も驚かない。特撮がSFXと呼ばれはじめた時代に「宇宙の七人」や「スターファイター」、「銀河伝説クルール」等のB級映画の極みを見て、宇宙を舞台にした特撮はもう限界だと感じたものだった。その後、宇宙船の存在が全く違和感のない、感動がない映画版「スタートレック」がシリーズ化されて、宇宙を舞台としたスペクタクル映像はますます日常化されてしまった。どんなに巨大な宇宙船を飛ばしても宇宙空間ではそれこそ空気感を感じられないので感動が長続きしないのである。久しぶりに巨大感のある宇宙船が登場したのは「インデペンデンス・デイ」だが、あれは舞台を未来の宇宙から現在の地球に戻したから成功したのだ。宇宙から再び地上に多くの映画は舞台を移している。生身の人間が血と汗を絞る活劇に、CGを駆使した派手なエフェクトがさかんにつけられている。本来企画からしてB級であるはずの「トゥームレイダー」や「バイオハザード」、「チャーリーズ・エンジェル」あたりでも、VFXが一定の成果を発揮するようになってしまうと、そのテクニックはいわば焼きサンマには大根おろしが付いているようなものであって誰も驚かないし、ないとなると途端に物足りなく感じてしまう。無論肝腎なのはサンマの味であって、大根おろしではない。観客が映画で感動するのはそこに真実の人間ドラマが描かれているか否かに感動するのであって、派手な特撮に関心こそすれそれだけで感動するわけではない。腐りかけの素材に化学調味料をふるって客の感覚を麻痺させるような料理を毎度出す店からは客足は遠のき、やがては滅びるだろう。しかし特撮映画も量産されているうちに全体の水準がどんどん上がるはずだ。「リーグ・オブ・レジェンド」のような西洋の「魔界転生」的特撮冒険映画や「パイレーツ・オブ・カリビアン」のような海賊冒険活劇が次々と生まれることは特撮ファンにとっては歓迎すべき事態である。
「本物の」というのは何も「この物語は事実に基づいて・・」とかいう所謂ヒューマンドキュメントをさしているのではない。ノンフィクションには無論それだけの力がある。しかし、事実の中から真実だけを抜き出せばそれはもう事実ではない。ノンフィクションにこだわる必要も、それをありがたがる信仰もいらない。砂鉄や鉄鉱石は現実に存在するがそれだけでは力を発揮しない。精製し、鍛えてこそ鋼の白刃が誕生する。真実の感動とはそうしてこそ生まれる。寅さんにもトラック野郎にも感動できるのは寅や桃次郎の中に真実の芯がきちんと入っているからだ。野村芳太郎監督の「砂の器」という映画には感動させられる。あれは差別という醜い真実が描かれているからである。その醜さを際立たせるために四季の美しさが活写されている。日本の醜さと美しさ。どちらも本物だ。緒形拳、加藤嘉、丹波哲郎、加藤剛、見せ場を与えられた役者がきちんと自分の仕事を仕上げている。四季の美しさの中に人間の儚い営みを描く。この日本人的発明は後に北野武の「Dolls」を生む。狂気の菅野美穂が歩む桜並木、夜空に満ちる夏の情感、真っ赤な紅葉や凍てつく氷雪、これらは正に「砂の器」の忠実なリテイクに過ぎない。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」の三部作が大スペクタクル映画であることは間違いない。CGを駆使した見せ場がきら星のごとく炸裂するのだが、あの映画が感動を呼ぶのは大スペクタクルの合間にきちんと登場人物たちの個々の真実を拾っているからである。サムやゴラム、ピピンといった脇役たちが生きている。その為に十時間近い上映時間が必要だったのだろう。過去のあらゆる映画の伝統を踏まえた堂々たる横綱相撲を展開している。横綱相撲の決まり手は「寄り切り」に決まっている。四十八手の頂点を極める必殺技はあまりにも平凡な決まり手でしかないのものだ。三部作中一番完成度が高いと思われる「二つの塔」最大の見せ場である「ヘルム峡谷での戦い」は主役の危機に騎兵隊が現れるという西部劇そのままの展開であり、爽快である。「アラモ」であり「七人の侍」でもある。一部、二部と成功を重ねて発言力を増した監督のフォースが暗黒面に引きずられたために「王の帰還」では冗漫となってしまい、完成度が落ちてしまったが、三連弾の勢いがそのままオスカーを制したのは喜ばしいことである。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」が神話の世界の終わりと人間の世界の始まりを告げるような物語として完結したのに比べて、同じ三部作とはいえ、「マトリックス レボリューションズ」は涅槃の世界に行ってしまい、無惨な醜態をさらしてしまったというべきか。刀鍛冶が趣味のエルフとエージェント・スミスが同じ俳優と気がついたのは、「王の帰還」を見ている最中だった。三部作と言えば「ターミネーター」も今のところは三部作、大傑作と言われた「ターミネーター2」の続編として2003年には「T3」も公開。駄作との声が多かったが、同時期の「マトリックス リローデット」と比較するとライブアクション満載で好もしかった。しかも、2で味をしめたのか浪花節的要素が入っていてターミネーターの良い人ぶりも実に盤石の安定感。自ら積極的に笑いをとりにいくなどやりたい放題。T−1000に続く最強キャラクターとして投入されたT−Xの暴れぶりも初期のT−800を彷彿とさせて痛快。あの映画を悪く言う人は実はジョンとケイトというヒーローヒロインが魅力的でなかったからではないか。または「T3」が人類の(ほぼ)滅亡を描いているから単純に嫌悪しているのかもと疑われる。クレーントラックの暴走シーンの魅力はターミネーターという世界だからこそ楽しめる痛快アクションである。また人類(ほぼ)滅亡というこの映画の結末こそが「ターミネーター」世界の始まりなのだから、この結末なくして「ターミネーター」の世界は開かれない。一度はくぐらなければならない時の輪だったのだから仕方あるまい。ターミネーターが自身のご先祖様(T−1型)と戦うというおまけも付いて、素直に伸びやかに楽しめた「T3」だった。
目下進行中と言えばハリー・ポッターである。お子様向けだが、丁寧に作られていて好感が持てる。しかし、子役はすでに成長限界に達しているので、このまま通すというのはかなり苦しい。1と2ですらかなり背が伸びていて、声変わりもしているようだ。ハーマイオニーが美少女ではなくて美女になりつつある。この映画の世界では大人の階段を昇ってもらっては困る。しかし同時撮影を進行させて4まで頑張るらしい。「ベイヴ」と違って変わりの豚がたくさん用意できるわけではないのでキッズ映画のつらいところだ。キッズと言えば「スパイキッズ」。これも三部作に関してはB級映画の極みとして特撮はウェルメイドである。しかし内容がハリポタと比べると下品で即物的な印象である。登場する姉弟も普通すぎて魅力に乏しい。ハンバーカーとコーラしか摂取しないジャンクな子供のための映画的玩具である。子ども向け映画を思いっきりお子様向けに作るのはディズニー関係に多い気がするが、「スパイキッズ」は毒のある分よい。小ネタ満載の仕掛けや昔懐かし3D映像(疲れる)を無邪気に楽しむのも一興だろう。だが、日本の「ドラえもん」や「クレしん」のような芳醇な情感は感じられない。ハリポタの持つハイソな雰囲気に惹かれてしまうのは私の貧乏人根性からか。それとも単純にエマ・ワトソンとアレクサ・ヴェガのフェロモンの差か。アレクサ・ヴェガのそばかすを見てティタム・オニールを思い出しもするのだが、私はクリスティ・マクニコルの方が好みだったのである。(ごめんなさい)
三部作でセールスすると言えば「スターウォーズ」。こちらは二部の二部が昨年公開されたが、よい手応えは感じられなかった。かつて古い食材を新しい器に盛ることで押しも押されもせぬステイタスを得た「スターウォーズ」だが、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の成功の前に、今後は化学調味料だけでは対抗できまい。ルーカス自身が落ちてしまった暗黒のフォースから、果たして脱出できるのだろうか。
CGで水増しした大軍勢の合戦が見られるのは「トロイ」も同様だが、「トロイ」戦争の切っ掛けが妻の駆け落ちだったり、ヒーロー足るべきアキリスが最後までただの野蛮人であったり、どうも映画的魅力に乏しい。CGもさしたる効果は上がってないようだ。まさにCGのインフレである。「デイ・アフター・トゥモロー」の場合も同様に登場人物に魅力が感じれないのだが、ロスの竜巻シーンは圧巻。「ツイスター」のもどかしさを見事に吹き飛ばしてくれた。ディザスター映画は自然が主役なので、人間ドラマはどうしても平板なものになってしまうが、「デイ・アフター・トゥモロー」の見所は特撮くらいしかないので、これはこれで正解である。90分にまとめてくれると最高なんだがなぁ。
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