2001年の11月に8年ぶりの入院をした。その8年前には帯状疱疹で入院したことがある。帯状疱疹という病気は神経の線に沿って体に水疱が出来る病気で、その部分をビシビシと叩かれているような強い痛みが走り、高熱が出る。右上半身から右顎、そこから右耳の裏あたりまで水膨れがのし上がってきたときは、マタンゴ(怪物)にでも変身するのではないかと思われるような変貌ぶりで、しかも右肩から右腕はしびれて動かなくなっていた。片手で車を運転しながら病院に辿り着いてそのまま即入院。点滴三昧の一週間を過ごして、無事に元のいい男に戻れた。
今回の発端は6月頃の風邪からである。検診で肺結核の可能性アリとの診断が出たので、再検査を受診。結核の容疑は晴れたが、新たに肺ガンの疑惑が持ち上がり、精密検査の結果はシロ。人騒がせな事件が夏前にあった。それが予兆だったのか、9月に咳が続くようになった。のど飴や龍角散などで誤魔化していたが、内科でもらう風邪薬では一向に効果がない。喉の病気かと思い、耳鼻咽喉科にかかると声帯全部がポリープにかかるようなポリープ様声帯との診断。咳止めの薬をもらい安静を心がけていると声帯は治まったが、喉の奥が腫れていて、気管炎とのこと。咳はなかなか治まらない。やがて謎の高熱を発して、ダウン。。咳喘息、副鼻腔炎からくる高熱と診断され、またしても一週間の入院となった。
紹介状を書いてもらい総合病院の救命救急センターへ、そのまま車を病院まで走らせて、急患受付に倒れ込んだ時は三十八度八分。その夜は四十度まで上がったが、後はしずしずと快復した。高熱でくらくらしながら車を運転していた時にカーオーディオで流していた音楽が「トラック野郎」のサントラだった。
「トラック野郎」は大好きなシリーズ映画である。ほとんど見ている。松竹の寅さん映画と並んでトラトラ合戦をしていた1970年代の邦画界が懐かしい。小松政男が淀川長治の真似をする「恒例・正月映画全部見せます」は大好きな年末日曜日の特番だった。「トラック野郎」と「男はつらいよ」。この幸せなシリーズ映画を定期的に打ち出していた頃は邦画界も日本も幸せだったような気がする。
桃次郎(菅原文太)と寅次郎(渥美清)、どうみても桃次郎の方がこわもてのヤクザのようだが、それは誤解で、桃次郎は根っからのカタギである。寅次郎は本当のヤクザである。性格的にも実はどうしょうもなく、駄目な人間なのは寅次郎である。寅次郎の駄目さを補っているのが故郷の家族である。柴又の家族や周囲の善人のような善人たちのご贔屓によって、寅次郎は「日本人の鑑」みたいにいわれる「男はつらいよ」の世界で、底抜けのロマンチストとしての揺るぎない地位を確立している。
一方の桃次郎に家族はない。故郷もない。悪人のような善人であるトラック野郎に囲まれて、毎日仕事に追われている。桃次郎も寅次郎と同じくロマンチストであるが、桃次郎は恋のために努力する。恋の告白をしようと努力する。寅次郎にはそれができない。棚ぼたを期待してマドンナの周囲をうろつくことしかできない。マドンナに意中の人がいるとわかった瞬間に身を引くのは二人とも同じなのだが、寅次郎はいつの間にか恋することからさえ逃げるようになってしまった。マドンナに恋人の存在が明らかとなる時まで熱心にプロポーズの姿勢を貫く桃次郎とは違う。
ところで、桃次郎のプロポーズを受け入れてくれたマドンナといえば二人。演歌の星になってしまう石川さゆりと鉄砲水にあって落命し本当の星になってしまう片平なぎさ(今や2時間ドラマの女王)である。「男はつらいよ」は見た後で心が朗らかに慰められるが、「トラック野郎」は明るく元気になる。どちらも日本が世界に誇るプログラムピクチャーだった。(ちなみにこの流れは東映の場合は仲村トオル主演の「ビーバップハイスクール」シリーズあたりで終わりかもしれない。)山田洋次監督や深作欣二監督はいつのまにか巨匠になってしまったが、「トラック野郎」の鈴木則文監督はずうっとただの映画監督のままだ。高邁な映画通の方たちからは歯牙にもかけられないシリーズ映画かも知れないが、映画というものの活力を支えているのはいつもプログラムピクチャーなのである。たまには超大作、豪華なフランス料理もよかろうが、人間の血肉を作るのは毎日の食事や大衆食堂の定食なのである。トラトラは庶民の糧になっていたのだ。栗山富夫監督にも「釣りバカ日誌」の監督として、映画ファンのためではなく、娯楽のための映画の灯を守り続けて欲しい。もしもトラック野郎を再映画化するのであれば主演はドドンパ野郎こと小沢仁志をおいて他にはあるまい。Vシネマでもよいから作って欲しい。「トラッカー伝説」等ではなく、堂々と「トラック野郎」を冠して鈴木則文監督を起用して欲しい。
トラック野郎でどれかお薦めの作品というとタイトルは似たり寄ったりで記憶に残っていない。マドンナで紹介すると石川さゆり編か大谷直子編のものがよろしい。石川さゆりのものは演歌歌手と桃次郎の悲恋が描かれる。同じく演歌歌手が演歌歌手の役で登場する寅次郎の都はるみ編に語るべき点がないのとえらい違い。石川さゆりの可憐な演技が泣かせてくれる。大谷直子編は彼女との絡みよりもラストの警察官、田中邦衛との情念の戦いが熱く胸を打つ。
水戸黄門みたいな劇判(by 木下忠司)、あるいは鬼平犯科帳みたいな劇判(by 津島利章)に乗って「トラック野郎」が「命より大事な荷」を運ぶ爆走シーンが毎回クライマックスとなる。ライバルたちのバックアップを受けてパトカーとカーチェイスを繰り広げる。今回、病院まで私を支えていてくれたのは桃次郎が脂汗にまみれてワッパを回す時のBGMだった。
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