名作がない

 一向に日本映画の名作と言われる映画は残らない。現在は:ホームビデオの時代が来て家庭で好きなときに好きな映画を視聴を出来る環境が整っている。その気になればかなり昔の映画ですら鑑賞できる。名作映画ベスト100を編めば常に上位に来るあの映画も、この映画も見ることができる。批評家や文化人が選ぶと決まって歴代1位、2位を争うのは「七人の侍」や「東京物語」である。かの作品を見たことがある若者がいるのだろうか。昨今世界で誉れの高い日本の映画監督は北野武だが、彼の映画が大入りしたという話は聞いたことがない。配給収入高と名作度は必ずしも一致はしない。「HANA−BI」を劇場で見た人が何人いるのか。私だってビデオで見ただけである。ここ20年間で圧倒的な知名度と息の長さを誇る、不朽の名作とえば……宮崎アニメの「ルパン三世 カリオストロの城」をおいて他にはないと私は思っている。声優になりたての島本須美が初々しくもアフレコを1日か2日でしたあの映画を越える名作を邦画界は立ち上げることが出来なかったのである。

 宮崎駿監督作品は近年驚異の知名度と集客力を維持し続けている(日本映画配給収入歴代1位、2位はどちらも宮崎アニメのあれである。)が、それに一番忸怩したる思いを抱いているのは監督自身らしい。海外の映画賞を受けた時に、記者が「我が家はいつもトトロを見ていますが…。」と発言したのだろう。「アニメばかり見ているような子供は駄目だ。」と宮崎駿監督はその記者の世辞を叱りつけたようだが、それは至極当然の感覚である。アニメがまんが映画と呼ばれて軽蔑されていた時代から活躍していた宮崎駿監督はその良心的製作態度と興行的豪腕でアニメの地位を確立した。批評家たちも儲かる方の味方に立って旗を振るから好意的なコメントを寄せるようになった。いずれは日本アカデミー賞も受賞するかもしれない。(そんなものに元々権威はない……と言っては身も蓋もありもせん)今や日本文化の広告塔はアニメとゲームと北野映画である。

 しかし「もののけ姫」の段階で既に監督の作品世界は破綻していたではないか。ストーリー的な矛盾や結末の丸投げをラストのスペクタクルでうやむやにしてしまう手は「風の谷のナウシカ」と「もののけ姫」は同工異曲。一方の雄である「となりのトトロ」でさえ「あんなものがこうまで受けるとは。」と一番驚いていたのは監督自身では無かったろうか。幸いにも「金の卵を産み続ける鶏」になったので、関係者は口をぬぐっているのだと思うが、あの作品は「火垂るの墓」の併映作品だった。映画館でその興行を見た私の感覚では「となりのトトロ」は「火垂るの墓」のB面でしかなかった。喫茶店のアイスクリームに何故かのっかっているコーンみたいなものだった。あれは名作として作られた映画ではない。否、傑作として作られた映画ではない。単なる後ろ向きのノスタルジィであり、監督の個人映画なのでは無かろうか。その夢にみんなが乗っかっているだけである。宮崎駿監督の特徴である飛行シーンはあるものの、もう一つの特徴である群衆シーンを欠いている。どう首をひねっても面白くない「紅の豚」のような作品まで公開当時はヒットしたらしいのだから、日本人のブランド好きなブラインドは実に呆れるばかりである。

 宮崎駿監督作品の最高傑作は「天空の城ラピュタ」であろう。近年、北野監督作品に連投中の久石譲の劇判も最高にオーケストラしている。「星の王子さま」の一節をぱくったとしか思えない感動的な歌詞を持つテーマ曲がジュブナイル心をくすぐる。冒険活劇の末に主人公の男女がめでたく結ばれるという冒険ファンタジーの骨格がそこにある。「カリ城」は主役のルパン三世というキャラクターの宿命がハッピーエンドを許さない。しかし「荒野の決闘」や「シェーン」のような西部劇的な作劇が大人の男心を微妙にくすぐって後味がさわやかである。(ルパンが青少年だとお姫様と駆け落ちしてしまい、「里見八犬伝」のような不作に成り下がってしまうところだった。)毎年、日本テレビが放映し続けているところを見ると「カリ城」の評価は高まりこそすれ、下がってはいないようだ。

 現代風俗を取り入れた現代劇では息の長い名作は生まれにくい。根本的な人間の気質には変わりがないはずなのだが、日本では目先の風俗ばかりがくるくる変わる。バブルの前後で若者風俗は大きく変わった。角川映画の第2作「人間の証明」を今見たら冒頭からずっこける。華やかなファッションショーの舞台から始まるのだが、そのセンスがあまりにも現在とはズレている。途中に登場する長野の田舎町や日本海の風景こそ今とさほど変わっていないと思うのだが、特に都会の風俗に強烈に違和感がある。「セーラー服と機関銃」「時をかける少女」の中で生きていた高校生たちはケータイを携帯している今の高校生たちとは異人のようだ。「ねらわれた学園」の舞台の高校は西新宿にあった。あのハチャメチャな学園に金髪顔黒ルーズソックスのコギャルをCG合成したら違和感バリバリである。「蘇る金狼」のアフロヘアのアクションヒーロー(松田優作)、「砂の器」の若手刑事像(森田健作)も今見るとどうしようもなく過去の時代に生きている。当時のにおいがどうしても鼻についてしまう。

 石原裕次郎の日活アクションや、たのきん映画。仲村トオルのビーバップシリーズ、一世を風靡した青春映画は「青春」という冠がつくだけに旬を過ぎれば強烈に過去(加齢臭)を感じさせてしまう。現代の若手アイドルが映画に出演したがらないのは単にギャラ的に割に合わないのではなくて、自分のイメージを映画としてその時代に封じ込めることを潔しとしないからではないのか。青春アイドルは時代に密着してメタモルフォーゼをし続けなくてはならないのであって、映画をつくることはその時代に生きた自分の写真を残すことであり、それが名作として残れば残るほど、その時の過去の自分が現在の自分を脅かす。時代とシンクロできなくなったときにアイドルタレントの寿命は尽きる。旬が命のアイドルに今では映画は鬼門なのだ。過去の幻影ではギャラはもらえない、過去を次々と断ち切って、今の自分を売らなくてはならない。カリスマ期の安室奈美恵でさえ、映画では失敗している。失敗を消すために主演映画があったことさえ既に履歴から消されているのではないだろうか。「ザ・カンニング IQ0」なんて覚えているアムラーなんていない……、否、すでにアムラーでさえ死語だ。「浜崎あゆみ」が別の名前で映画に出ていたなんてのも、よほどの物好きでなければ忘れているはずだ。

 日本映画に比べて外国映画の評価が日本人には高い。それは製作費の問題とか作品の質とか以前に、日本映画に日本人は常に時代遅れの風俗を感じているからではないだろうか。日本人のテレビバラエティ好きは常に現在の流行にのみ敏感であり続けたいという不思議な日本人気質の現れなのではないかと思われる。なんでそんなに流行に狂走したがるのかわからないが、日本人が流行ものにすぐ飛びつくという点を否定する人はおるまい。日本人は新鮮好きともいえる。和菓子は腐りやすいが洋菓子は日持ちする。日本人はすぐに飛びつき、すぐに忘れる。だから名作なんてのにこだわらない。ゆえに名作は育たない。名作はいきなり登場するものではなくて、大衆が守り育てていくものである。まして一部の批評家が生むのではない。大衆が常に支持し続けるものこそが真の名作と言われるものであり、一部の映画ファンだけがありがたがるような映画は名作ではないない。門外漢が二の足を踏んでも、映画が始まったならばどんどん引き込まれて堪能させられてしまうほどのパワーを持ったものが名作である。その感動が国境や時代を超えて語り継がれるものこそが名作である。名作は古びないし、世界に通じるのだ。

 「八甲田山」や「二百三高地」と言った明治を舞台にした映画は古びない。白黒の「無法松の一生」や「生きる」は古びない。しかし、「点と線」や「幸福の黄色いハンカチ」は十二分に古びている。武田鉄矢の「刑事物語」シリーズも昭和末期の作品だったが、かなり古びている。総じて武田鉄矢の出ている映画は古びやすい。ということは時代の息吹を敏感にとらえていると言うことかもしれない。風俗に忠実だったというわけだ。しかし1960年代に作られた映画は古びても、その時代を舞台として作られた「となりのトトロ」が一向に古びてないのはおかしな話だが、事実である。同様に江戸時代を舞台にした時代劇は古びるはずがない。と言いたいが……そうでもない。昔の時代劇の多くは演出が古くて見ていられないことが多い。「まらそん侍」や「ちゃっきり金太」は興味を持って見たが駄目だった。ギャグのセンスについていけない。トニー谷やエノケンの時代のことをわかろうと私が思うことが間違い。駅前シリーズや社長シリーズにも私はついていけない。しかし無声映画の「瞼の母」はそれらよりも古いものだが共感できるのは不思議である。

 「今、映画館で上映している作品の中から自分だけの名作を探すべきだ。」というのがいつの間にか私の口癖になった。古い映画の中には面白いと思われるものも確かにある。名作が名作と言われる所以だ。しかし、人生は短いのだから、私は私だけの名作を探すべく、古い名画を積極的には鑑賞しようとは思わない。名作というのはそもそも製作された時代や国境を越えて語られる不朽の作品に与えられる称号なのである。常に現役でどこかでフィルムが回され続けている映画のためのものである。埋もれた名作を発掘するのは考古学者がする仕事だ。私は常に今を生きたい。名作は過去に求めるものではなく、未来に運命的に出会うべきものではないか。恋人と同じ。自分にとっていつまでも心の底に焼き付いて、どうしようもなく素晴らしく思える映画こそが名作の名にふさわしい。だから私は私にとっての名作を探し続ける。

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