初めて読んだ金田一耕助は「本陣殺人事件」です。初めて見た金田一映画は「犬神家の一族」でした。中学の頃に角川書店が横溝正史フェアを始めましたので、あのどぎつい表紙をちりばめた広告が当時は何度も新聞にでかでかと掲載されていました。ほとんどすべての金田一ものを読みましたし、テレビも映画もまめに見ました。だから金田一耕助役者もたくさん見ました。銭形平次が大川橋蔵しか考えられないように、金田一耕助と言えば4代目水戸黄門こと7代目石坂浩二に尽きてしまうと思います。彼主演の映画では個人的には「悪魔の手鞠歌」が一番好きですね。当時の仁科明子はアイドル女優でした。磯川警部(若山富三郎)との渋い別れのシーンが印象に残っています。
「悪魔の手鞠歌」ではNHKが緒方拳を金田一耕助にしたラジオドラマがあって、ナレーションが鬼平の語り手だった中西龍。磯川警部が横溝正史アワーの日和警部こと長門勇という凄い顔合わせでした。あれはよくできていたラジオドラマでしたので、ぜひ商品化してほしいですね。
役者は似合っていたのに映画が安い作りのために企画倒れだったのは18代目トヨエツの「八つ墓村」。「八つ墓村」にはもっとゴージャスな雰囲気が必要ですよね。その点、金田一耕助としてはどうかなぁという10代目渥美清の「八つ墓村」は当時の邦画大作一本立てロードショーブームの中で制作されたので、文芸大作風の大げさな風格を持つもので、いい感じでした。大量虐殺をするのは岸辺一徳よりも山崎努の方が怖いです。ちなみにモデルとなった実際の事件をモデルとした「丑三つの村」では同じことを古尾谷雅人がやってますが、彼が後に孫の事件簿で刑事役をやるのは因縁でしょうか。そういえばヒッピーをやっている頃(「悪霊島」)に金田一耕助の世話にもなっていたし……。「丑三つの村」はなんと言っても田中美佐子の珠玉のヌードが有名です。美しく切ない彼女のシーンをぜひご覧ください。ただし、一応、R指定です。蛇足ですが島田荘司の「龍臥亭事件」にも「丑三つの村」のモデルとなった事件は取り上げられています。
13代目鹿賀丈史の「悪霊島」は犬が手首をくわえて走り回るシーンだけが印象に残っていますが、どうも彼にはダーティなイメージがあって、金田一にはそぐわない感じがします。あのダーティでインチキ臭い感じが料理の鉄人やベンゼン星人にはあっていました。ところが、原作の金田一耕助という人物には意外とダーティなイメージがある(特に都会での犯罪にからむもののほとんどは風俗営業関係の事件で、彼自身が風俗に強いところを見せていたりする)ので、実際にはあれでいいのかもしれません。8代目古谷一行はもう三十年近く金田一を演じる羽目になりますが、彼自身もAV女優との浮き名やら、失楽園での全裸闊歩やらと、ダーティなイメージがあります。しかし、継続は力なりで、なんとなく彼の金田一には馴れてしまった感じがあって、あれはあれでいいのでしょう。ただし、ここ何年か作品の傾向と出来映えがあまりにもいかがわしいのが気になります。
いつもしかめっ面をしている印象のある16代目片岡鶴太郎は何故か文芸大作風な作りをしてもらっているので恵まれてますけれども、ちょっと神経質すぎる感じがします。17代目役役所広司は大人の雰囲気がありすぎるというよりも、まんま役所広司でした。彼は立派な一枚看板ですが、基本的には「何をやっても役所広司」なのではないでしょうか。意外とよかったのは14代目小野寺昭かもしれません。彼の金田一耕助ははまっていた。頼りなさそうな感じが金田一耕助にはぴったりでした。9代目の愛川欽也は探検家のようなファッションでした。昆虫採集の好きで、サファリスタイルの金田一耕助でしたが、内容が「吸血蛾」だったからでしょうか。和服を着ていない金田一耕助と言えばあと一人、石坂浩二の前に金田一耕助を演じた6代目中尾彬がいますが、テレビ放送で見た記憶はあっても、印象に残ってません。
それ以前となると5代目高倉健や初代の片岡千恵蔵の世界になるのでさすがに見てはいません。15代目中井貴一版も幸か不幸か見ていません。真面目で頼りないイメージは悪くない気がしますけど……どうかなぁ。19代目上川隆也は金田一特有のむさ苦しさに欠けてました。さわやかな印象は好感度が高いのですが、オール京都ロケーションで時代劇みたいな背景がわんさと出てくる作りでした。12代目の三船敏郎はコメントするには特別出演過ぎます。しかしどういう風の吹き回しで「金田一耕助の冒険」などに世界のミフネが出たのやら。
忘れちゃいけない釣りバカ、11代目西田敏行の「悪魔が来たりて笛を吹く」もあります。が、どうにも、金田一が太ってちゃいけない。彼はハードボイルドを気取る芸風があるので、それがこの金田一には出てました。あの映画ではボンボン刑事が赤ひげのヒロインとジーパン履いたままでラブシーンという興ざめなカットがあってつらいですね。藤谷美和子と同じクラスで人気を二分にしていた斎藤知子がヒロインなんですが、あの子が映画でヒロインをつとめたなんて最初で最後だったのではないかしら。その後は人生誤ってますよね。
21世紀の金田一役者と言えば、私としては木村拓哉しかいないと思います。彼は既に世代を越えたスーパースターになりつつありますが、この辺で更に上の世代のハートをしっかりゲットして、後二十年は演じられるであろう金田一耕助に挑戦してみてほしいものです。と思っていたら20代目の金田一を同じスマップの稲垣吾朗が演じてしまいました。これではキムタク金田一はもう不可能でしょう。稲垣金田一、これもハンサムなさわやか路線の金田一です。明智と金田一の両方を演じた役者は珍しいのではないでしょうか。同じジャニーズ系で長瀬智也が現代版金田一を演じたことがありますが、続編の企画がないところを見ると視聴率的にも(作品的にも)失敗だったみたいです。
原作の方の案内を少ししますと、短編を読みたい人にお薦めなのが「金田一耕助の冒険」です。短編集としてきちんとフォーマットされています。はっきりいって「人形佐七捕物控」みたいなものでして、作りが完全に捕物帖しているのもいい感じです。単独の短編ならばトリッキーなところで「湖泥」「鴉」「百日紅の木の下にて」。中編では「霧の山荘」「貸しボート13号」がお薦め。後はもちろん「本陣殺人事件」。長編では「獄門島」「犬神家の一族」などは有名すぎるので、意表をついて「夜の黒豹」や「女王蜂」とか。大長編となりますと「八つ墓村」「悪魔の手鞠歌」「病院坂の首縊りの家」「仮面舞踏会」なんかをあげられますが、どれか一つと言われたら……。「女に泣かされることはあっても、女を泣かせてはいけない」という言葉をかみしめながら、鮮やかな富士山を背景に馬車に乗るラストシーンが、印象的な「迷路荘の惨劇」なんていかがでしょう。孤島ものではないのですが、孤島での館もの的な雰囲気が十分味わえます。
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