あずみ

 2003年の「魔界転生」と「あずみ」。どちらも特撮をフルに生かした時代劇である。魔界転生は深作監督のインパクトある前作に果敢に挑んだ作品で、好感度が高い。ロケが盛んに行われて魔界衆対十兵衛の対決を手を変え品を変え見せてくれた。しかし残念ながら私には今ひとつの感が拭えない。柳生の里での又右衛門との対決は林の中、胤舜の対決は海岸の岩場とメリハリをつけていたが、どちらも足場が悪いせいで、役者の足元が危なっかしい。ススキの中の武蔵との対決は、そもそも武蔵の強さが描けていない。豪雨の中での但馬守の戦いから急に室内でのセット撮影が続くので、れまでの解放感が奪われている。CGを背景にした四郎との戦いはそもそも剣劇になっていない。剣豪同士の激突を描くのが魔界転生の醍醐味であるので、佐藤十兵衛は健闘していたが、要するに敵側の圧倒的な強さを描き切れていなかったことが、最大の不満ではある。しかし、深作版も角川映画らしく竜頭蛇尾の感のある映像だった。佐倉惣五郎の一揆のあたりから、失速し江戸城炎上まで江戸市中の描写が一切ない。江戸が火の海になっているというのに市中の描写が一切ないというのは怪獣映画に都市破壊シーンが欠落しているのと同じで、納得がいかないものがある。江戸城崩壊は平山版も同じだが、特撮的に進歩しているというだけで、前作の炎上シーンと比べて格段に優れている趣向があるとはいえないし、やはり市中の混乱ぶりも描かれていない。中村嘉津雄と佐藤浩一の立ち回りを若山富三郎と千葉真一のそれを比することは土台無理がある。正直なところ全体の作りとしては甲乙つけがたく「魔界転生」は前作に勝るとも劣らない出来映えだったとしかいえない。この言い方では新作のスタッフは腐ってしまうだろうが、この責任は監督の演出プランによるものである。少なくとも私の感性とはスウィングしない演出だった。

 時代劇は職人芸がものをいう世界だから、海のものとも山のものともわからない、ましてハリウッド逆輸入のような若手監督に何が撮れるのだろう。まして美少女アイドルを出して様になるんかいといった不安が渦巻いたのが上戸彩主演の「あずみ」である。釈由美子の「修羅雪姫」も「スケバン刑事」のような往年のアイドル映画に比べれば頑張っていたが、映画自体に奥行きが乏しく主役の演技同様寒々しいものがあった。今度も又……という悪い予感を抱えながらも、映画館で見もしないうちから悲観しても始まらないので行ってみました。映画館で見ました、「あずみ」。眼から鱗が落ちるこのアクション映画。映画館の席を立つ時に「面白かった」と心から喜べた。

 ハリウッド的な監督ということはハリウッド的なアクションなのかとの危惧があった。一挙手一投足、つまりアクションごとにカットを変えて動きにエフェクトを使ってしまうあれである。武術の心得のない俳優(リーブスやシュワ)は木偶の坊であるので問題外としても、ある程度武術の心得のある俳優(ヴァンタムやセガール)ですら、過剰にカットを割るので重さは感じられても、流れる躍動感が損なわれてしまうハリウッド映画。香港映画の剣劇アクションは流れがよいのだが、コマ落とし撮影にちょっと流れ気味で重さが感じられない。上戸彩はあの華奢な体でよくぞ自分の振る刀を止められたものだと思う。振るうよりも止めたときのたたずまい、決めのポーズ(残心)に殺陣の美しさがあるわけで、十分美しかった。岡本綾の扮する和風美女も日本人に生まれてよかったとしみじみ思わせる美しさである。映画「あずみ」は和洋中伊と実にうまくバランスがとれていた。刺身(流血、残酷時代劇)とジャンクフード(流血、パンクな悪漢)と麻婆豆腐(流血、ワイヤーアクション)とマカロニ(流血、無法街)である。

 「あずみの200人斬り」と聞いただけで、これは困った売り文句だと思った。50人斬りを一気に見せるといえば高島兄の地獄極楽丸と松方弘樹の柳生十兵衛くらいしか思い浮かばない。特に松方弘樹のそれはへろへろになりながらも河原でのワンカット50人斬りで、松方もカメラマンもお疲れ様な名シーンになっていた。ところが「あずみ」のそれはなんと……勝新太郎の「座頭市」に匹敵するアクションだった。強いのである。圧倒的に強い主人公が敵を薙ぎ倒していく爽快さにあふれている。これは監督、殺陣師、カメラマンの映画(とカリスマ的主人公)に対する愛情がなくてはこうまで成功はしない。悪くいえば上戸彩は剣を振るってぐるぐると回っているだけのようなものなのだが、きちんと彼女は動きを止めることが出来る。斬ったぞと言う演技を顔ではなく体でしている。彼女の舞に併せてぶっ倒れていくエキストラと、その剣先を見事に捉えていくカメラワークを支えるスタッフの力量はもの凄い。200人の敵を前にオープンセットの無法街に立ちはだかったあずみの姿は今ひとつかっこよくないのだが、剣劇が始まったとたんに強い強い。強く見えるのだ。あずみは強い。オダギリジョーといっしょに私も大喜びした。「強い。強いよ、あの子!」あの美女丸の感嘆は観客の感嘆と素直に一致する。竹槍を縦に割いていく座頭市のシーンを彷彿とさせるシーンもあって喜ばせてくれる。剣劇シーンをことごとくロケやオープンセットで撮ったという効果もこの映画の解放感に一役買っている。後で知ったのだが、あずみのオープンセットは「座頭市」のそれを流用したとのことである。成る程、私の直感は正しかったわけだ。

 冒頭のカラスのCGと佐藤慶の登場シーンの背景、あずみ初登場の崖の上の立ち姿などは観客を不安に陥れてしまうのだが、その後は彼女の立ち居振る舞いをはじめとして実に決まっていた。ワイヤーアクションやここぞというCGも自然に決まって見応えがある。360度カメラが回転するマトリックスを凌駕するアナログ特撮も冴える。石原裕次郎の映画は裕次郎のかっこよく撮れた部分だけをつないだものだというのを聞いたことがあるが(……もちろん、映画というものはそういうものなのだが)、主役を立たせることだけに徹して映画を作ることが奇跡的な傑作を生む。ハリウッドの人気俳優の映画などにありがちなのだが、それこそ正しいアイドル映画のあり方ともいえるだろう。するとあずみはアイドル映画なのか。上戸彩というアイドルの人気は私にはわからないが、無邪気な笑顔はアイドルアイドルしていてかわいらしく、殺伐とした残酷時代劇であることを忘れそうである。原作の漫画も知らない私なので、これが「上戸彩」の映画なのか、「あずみ」の映画なのか判断はつきかねるが、十二分に面白い時代劇アクションであり、同時に日本の伝統的な美少女アクションものの最高傑作だと断言することはできる。いつの間にか復活したプロデューサーの山本又一郎にもエールを送りたい。ただし、脚本は書かなかった方がよかったかもしれない。この映画に弱いところがあるとすれば真っ直ぐでいながら、切れの悪い脚本にあるとしか思えないのである。

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