金田一耕助も読んだが、明智小五郎も読んだ。最初の読書体験はホームズだったが、次は明智である。と言いたいところだが、ポプラ社などから出ている少年探偵シリーズは小学生の頃にはほとんど読んでいない。私の通っている小学校には置いてなかったみたいです。あちこちの図書館で少年探偵シリーズを読んだのは中学や高校になってからの話で、あの奇想天外な話を非常におもしろがりました。「透明怪人」「サーカスの怪人」「宇宙怪人」「怪奇四十面相」などの子供だましが炸裂する話は無性に楽しいものでした。誘拐してきた子供をタコ型火星人にしてしまう鯛焼き型宇宙人製造器という驚天動地の装置が出てくる「電人M」や、鳥人型宇宙人が空を飛び、空飛ぶ円盤が各国の大空を群舞する「宇宙怪人」などは一読して脳みその芯から痺れてほしい話です。
私は乱歩作品をどちらかというと大人物から読んでいった感じです。「心理試験」が最初でしょうか。すごいなぁっと、子供心に感心しました。狡猾な吹屋清一郎と明智小五郎のさりげない罠、実に新鮮で素晴らしい。中編では明智は登場しませんが、「陰獣」のトリックのオンパレードも凄い。それが小さなボタン一個の遺留品で鮮やかに逆転していく論理展開の鮮やかさ。長編ではこれも明智は登場しないのですが、圧倒的に「孤島の鬼」。日本での完全映画化は不可能でしょう。ハリウッドでやればいいのに。この作品の絶品なところは後半、悪の秘密基地となっている孤島へ潜入してからの冒険にあります。血湧き肉躍る、それでいてからっと晴れた、べたつかない島の雰囲気がいい。平成の新本格派の作者たちが競って孤島物を書いていましたが、島の雰囲気というものはなかなか出せるもんではないような気がします。リゾートとか観光地とか言うのではなく生活の場としての鄙びた島の雰囲気と言ったらよいのでしょうか。小さな港町などで感じる潮の雰囲気を感じるのです。島というものは何故か明るい雰囲気があるもののようなのです。ともかく「心理試験」「陰獣」「孤島の鬼」の三作は別格に素晴らしい。日本推理小説界の至宝ですね。読まずには死ねません。小品ですが乱歩の純粋さが味わえるものとして「一枚の切符」も上げておきたいものです。
日本を世界一のコミック(アニメ)大国にしたのは手塚治虫だったといわれますが、日本における乱歩の活躍はまさにそれに当たるわけです。ミステリのあらゆる領域の先鞭をつけ、可能性の指標を示しています。島田荘司以降、「本格ミステリ」というわかったようなわかんないようなジャンル分けが提唱され、それに乗っかって作品を分類したがる人もいますが、乱歩の作品を分類すれば「探偵小説」そのものであるといってよいでしょう。乱歩は文学の新しい道を切り開いた人なのかも知れません。絶大なる大衆の支持を受けていたので文学者というよりも大衆作家と目されていたようですが、あの独特の語り口といい、実にユニークな存在だと思います。今ならばすぐに映画やテレビドラマといったメディアミックスで売れていくと言ったケースが考えられますが、乱歩の時代はまだまだメディアの本流が「雑誌」そのものでした。小説そのものが花形だったわけです。とはいえ乱歩の持っていた見せ物小屋的資質は十二分に視覚的なものであり、黎明期にあった活動写真業界も黙っているわけもなく、続々と映画化され、明智小五郎は当代のヒーローとして担ぎ上げられていくわけです。
明智小五郎の登場する探偵小説といえばなにはともあれ通俗物といわれる作品群です。どれをとっても面白い。「蜘蛛男」「悪魔の紋章」「黒蜥蜴」「魔術師」と、どれも楽しい。探偵小説の伝道師に徹した乱歩は忸怩たる思いと戦いながらも、最高の娯楽小説を提供し続けました。中でも楽しいのは「黄金仮面」です。これはかの有名な……彼が登場する小説ですから。彼が登場することを知らないで読むことができる人がもし日本に居たとしたら、その人はなんて幸せな人なんでしょう。もしも「黄金仮面」という本を手に取ったら、解説や帯や宣伝文句の一切に目を通してはなりません。そして彼の登場するまでじっくりと「黄金仮面」を読み続けましょう。抜群の面白さをこの本は提供してくれるはずです。彼の後継者をいつもひどい目に遭わせているあの女のルーツも多分ここにあるわけですから。
明智小五郎と言えばもう一方の雄は怪人二十面相です。彼の初登場は当然、「怪人二十面相」。この一作は実によくできていて好感が持てます。前半は小林芳雄少年が二十面相と互角の小競り合いを演じ、中盤にいよいよ真打ち登場といった雰囲気で明智が登場するという、もったいぶった展開。これが如何にもヒーロー登場と言ったカタルシスを味あわせてくれて爽快です。しかも早速明智自身に変装してしまう二十面相はいかにも劇場型犯罪の天才。
小林少年に仲間が出来るのは次の「少年探偵団」からです。差別問題に敏感な抗議団体に見つからないうちに早く読んでおきましょう。二十面相の活躍が堪能できます。また、この作品では東京都内の独特の地理上の錯覚を扱ったトリックが使われていて、秀逸です。この現実的なトリックには滅法関心しました。
二十面相物が少年探偵シリーズに堕落しないのは次の「青銅の魔人」までですから、この三作までは一気呵成に読んでしまいましょう。四作目以降になりますとマンネリ化や大人向け作品の翻案が激しくなりますのでつらくなります。でも、それはそれでそれで冒頭に上げたごとく奇想天外で楽しい読み物なのです。が、明智対二十面相が新鮮だったのはこの三作目までだと思います。後期の「大金塊」は、小林少年たちが女賊と対決して、洞窟で遭難するというのがミソです。つまり「孤島の鬼」のパニックシーンが再現されていて、かなりわくわくします。
明智小五郎というとやたら映像化されていますので、一体、どのくらいの明智役者がいるのでしょう。明智を田村正和、二十面相をビートたけしという配役でテレビドラマにしたことがありましたが、うーむ。ひょっとしたら歴代明智役者の中では最高齢の明智小五郎だったのでは。明智小五郎は二十歳過ぎからデビューして七十歳近く(?)まで現役(「化人幻戯」)だったのですから、幅広い年代の明智役者がいていいわけですが、そもそも田村正和では古畑任三郎になってしまいました。たけしはなにをやらせてもたけしでした。しかし、二十面相はサーカス出身ということもありますので、浅草の劇場育ちのビートたけしには十分に二十面相の後継者たる風格が備わっています。硬軟巧みに使い分けている彼の活躍ぶりをこそ正当な二十面相の後継者と認めてもよいのかも知れません。
モックンの明智は耽美系を、スマップの五郎ちゃんは若々しい小五郎を演じ、郷ひろみの明智は玉野井で……と数えてみるとなんとジャニーズ系が多い。明智イコール二枚目というイメージは不動のものがあります。金田一耕助には三の線もあるわけで、神津恭介は二枚目過ぎて合う役者が居ないのか、ドラマシリーズとしては不発です。(昭和の三大名探偵の中では認知度が低い神津はその常人離れしたルックスと東大卒という肩書きで庶民的な人気は得ていないのかもしれない。土ワイでは近藤雅臣や村上弘明が演じていましたね。小説での代表作は「刺青殺人事件」「成吉思汗の秘密」)
土曜ワイド劇場での天知茂の明智はある意味で決定版としての魅力がありました。天知茂のニヒルでいかがわしい雰囲気が猟奇犯罪とよくマッチしていました。天知明智が亡き後も土ワイのドル箱シリーズとして継続され、北大路欣也の明智もあったけど、なんかスポーツライクで健康的な明智像でした。テニス焼けしていそうな感じでそぐわない。天知明智の偉大さばかりを逆に強調していたような印象します。その後、西郷輝彦も同シリーズの明智を演じました。いかがわしさでは天知明智を上回る西郷明智でしたが、何を演じても小粒に演じてしまうのが西郷輝彦なんだと実感。天知明智の世界には誰も達することはできないのか。
思いっきりレトロに、キッチュに明智を演じたのは陣内孝則。陣内明智の雰囲気は天知明智とは全くの別物でおしゃれ感覚が一杯。あれはあれで大成功でした。嶋田久作の明智小五郎は未見なのですが、ちょっと怖い感じがします。あんなにでかい明智小五郎なんて。顔がでかいと言えば伊武雅刀も演じていましたが、なんかデスラー総統の影がちらついてしまう。他に明智小五郎というと誰だろう………思い出せないなぁ。きっと金田一役者よりもたくさんいるんだろうが、自分が見ていないものはわからない。団次郎が二十面相をやってた子供番組でも当然、明智は出ていたはずだが全く記憶にないのは何故でしょう。おっと忘れていけないのは広川太一郎の明智小五郎ですね。NHKのラジオドラマでよく聞きました。あのシリーズも天下一品。CDにして是非出して欲しい。
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